未来社会をどう描く?万博の核心テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を深掘り【第2回:テーマ解説】
未来社会をどう描く?万博の核心テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を深掘り【第2回:テーマ解説】

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前回の記事では、2025年大阪・関西万博の概要と、その中心に据えられたテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン (Designing Future Society for Our Lives)」についてご紹介しました。今回は、この壮大なテーマをさらに深く掘り下げ、万博が描こうとしている未来社会の姿、そしてその実現に向けた具体的なアプローチについて詳しく解説していきます。
改めて考える「いのち輝く未来社会」とは?
「いのち輝く未来社会のデザイン」。この言葉を聞いて、皆さんはどのような社会を思い浮かべるでしょうか? 病気や貧困がなく、誰もが健康で長生きできる社会でしょうか? それとも、AIやロボットが人間の仕事を助け、人々が創造的な活動に専念できる社会でしょうか? あるいは、多様な文化や価値観が尊重され、誰もが自分らしく生きられる社会でしょうか?
おそらく、その答えは一つではありません。大阪・関西万博が目指す「いのち輝く未来社会」とは、これら全ての要素、あるいはそれ以上の可能性を含む、非常に広範で奥深い概念です。重要なのは、「いのち」という言葉が持つ多義性です。前回の記事でも触れましたが、ここでの「いのち」は、単なる生物学的な生命(Life)だけを指すのではありません。日々の暮らし(Living)、そして一人ひとりの人生(Lives)全体を包含する言葉として使われています。
つまり、このテーマは、私たち一人ひとりが、心身ともに健康で、安全・安心な環境の中で、自らの可能性を最大限に発揮し、幸福を実感しながら生きていける社会を、世界中の人々が協力してデザイン(設計)していこう、という呼びかけなのです。それは、単に技術的な進歩を追求するだけでなく、倫理観、価値観、社会システム、そして地球環境との調和といった、人間社会の根幹に関わる問いを投げかけています。
3つのサブテーマが示す未来への羅針盤
この壮大なテーマを具体化し、議論を深めるための道標となるのが、以下の3つのサブテーマです。それぞれのサブテーマが、どのような課題に取り組み、どのような未来を目指しているのか、詳しく見ていきましょう。
1. Saving Lives(いのちを救う):生命の危機から守るために
このサブテーマは、文字通り、人々の生命を様々な脅威から守ることに焦点を当てています。現代社会は、依然として多くの「いのちの危機」に直面しています。
- 感染症との闘い: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、グローバル化した社会における感染症の脅威を改めて浮き彫りにしました。将来起こりうる新たなパンデミックに備え、ワクチン開発、治療法の確立、迅速な検査体制、国際的な情報共有ネットワークの構築などが急務です。万博では、最新の感染症研究や、AIを活用した感染予測システム、遠隔医療技術などが紹介されるでしょう。
- 自然災害への備え: 地震、津波、台風、洪水など、自然災害は日本の宿命とも言える課題です。気候変動の影響により、災害は激甚化・頻発化する傾向にあります。より高度な予測技術、堅牢なインフラ、迅速な避難・救助システム、そして被災後の生活再建支援など、総合的な防災・減災対策が求められます。災害対応ロボットや、ドローンを活用した情報収集、AIによる被害予測などが展示される可能性があります。
- 健康寿命の延伸と質の高い医療: 高齢化が進む中で、単に長生きするだけでなく、健康で自立した生活を送れる期間、すなわち「健康寿命」をいかに延ばすかが重要になっています。予防医療、個別化医療(ゲノム情報に基づく治療など)、再生医療、介護ロボット、オンライン診療といった先端医療技術やヘルスケアサービスが、この課題解決の鍵を握ります。
- 食料安全保障と栄養改善: 世界的な人口増加や気候変動は、食料の安定供給に影響を与えています。持続可能な農業技術(スマート農業、植物工場など)、代替タンパク質(培養肉、昆虫食など)、食品ロス削減技術などが、将来の食を支える重要なテーマとなります。
「Saving Lives」は、こうした生命を脅かす様々なリスクに対し、科学技術、社会システム、国際協力といったあらゆる手段を駆使して立ち向かい、誰もが安心して暮らせる基盤を築くことを目指します。
2. Empowering Lives(いのちを育む):可能性を最大限に引き出すために
このサブテーマは、人々が持つ潜在能力を開花させ、より豊かで充実した人生を送ることを支援することに焦点を当てています。「育む」という言葉には、教育やスキルアップだけでなく、自己実現や幸福感の追求といった、より広範な意味合いが込められています。
- 人生100年時代の学びと働き方: 平均寿命が延び、人々のライフコースは多様化しています。従来の画一的な教育システムやキャリアパスではなく、生涯を通じて学び続け(リカレント教育)、変化する社会に対応しながら、柔軟な働き方を選択できる環境が必要です。オンライン教育プラットフォーム、AIによるキャリアカウンセリング、メタバースを活用した仮想オフィスなどが、未来の学びと働き方を提示するかもしれません。
- AI・ロボットとの共生: AIやロボット技術の進化は、私たちの生活や仕事を大きく変えようとしています。単純作業の自動化だけでなく、創造的な分野や意思決定においても、AIの活用が進むでしょう。人間がAIやロボットを使いこなし、より人間らしい活動に集中できる社会、あるいは人間とAIが協働して新たな価値を生み出す社会の姿が探求されます。
- 多様性と包摂性(ダイバーシティ&インクルージョン): 性別、年齢、国籍、人種、宗教、性的指向、障がいの有無などに関わらず、誰もが尊重され、社会の一員として活躍できるインクルーシブな社会の実現が求められています。バリアフリーデザイン、多言語対応技術、多様な価値観を理解し合うためのコミュニケーションツールなどが、その実現を後押しします。
- 幸福(ウェルビーイング)の追求: 経済的な豊かさだけでなく、精神的な充足感、良好な人間関係、自己実現といった、多面的な幸福(ウェルビーイング)を重視する考え方が広がっています。個人の幸福度を測定・向上させる技術や、コミュニティにおける繋がりを促進する仕組み、メンタルヘルスケアのサポートなどが、今後の重要なテーマとなります。
「Empowering Lives」は、教育、技術、社会制度を通じて、一人ひとりが持つ無限の可能性を解き放ち、誰もが自分らしく輝ける社会を創造することを目指します。
3. Connecting Lives(いのちをつなぐ):分断を乗り越え、共生するために
このサブテーマは、個人、コミュニティ、国、そして地球といった、あらゆるレベルでの「つながり」を強化し、相互理解と協力を促進することに焦点を当てています。グローバル化が進む一方で、社会の分断や孤立も深刻化しており、「つながり」の再構築が急務となっています。
- 新たなコミュニケーション: インターネットやSNSは、人々の繋がりを劇的に変えましたが、一方で誹謗中傷やフェイクニュースといった問題も生み出しています。VR/AR技術を活用した臨場感のある遠隔コミュニケーション、言語の壁を超える自動翻訳技術、感情や意図をより深く伝え合える新たなインターフェースなどが、より建設的で共感に基づいたコミュニケーションを可能にするかもしれません。
- 文化の多様性と相互理解: 世界には多様な文化、言語、価値観が存在します。異文化への理解を深め、互いの違いを尊重し合うことが、平和で豊かな共生社会の基盤となります。万博は、世界中の文化が集まる絶好の機会であり、各国のパビリオンや文化イベントを通じて、来場者は異文化に触れ、新たな発見を得ることができるでしょう。
- データ連携と知識共有: 社会が抱える複雑な課題を解決するためには、分野や組織の壁を越えたデータの連携と知識の共有が不可欠です。プライバシーに配慮しながら、医療、交通、エネルギーといった様々な分野のデータを連携させ、新たな知見やサービスを生み出すプラットフォームの構築が進められています。オープンサイエンスや市民参加型のデータ収集・分析なども重要な取り組みです。
- 地球とのつながり(サステナビリティ): 人間社会の活動は、地球環境に大きな影響を与えています。気候変動対策、生物多様性の保全、資源の循環利用など、持続可能な社会を実現するためには、私たちと地球との「つながり」を見つめ直し、自然と調和した生き方へと転換していく必要があります。万博会場自体が、環境技術のショーケースとなり、サステナブルなライフスタイルを提案する場となります。
「Connecting Lives」は、テクノロジーと人間の知恵を結集し、あらゆるレベルでの「つながり」を再構築・強化することで、分断や対立を乗り越え、持続可能で調和のとれた共生社会を実現することを目指します。
People’s Living Lab:未来を「体験」し「共創」する場
これらのテーマやサブテーマは、決して机上の空論ではありません。大阪・関西万博は、会場全体を**「People’s Living Lab(未来社会の実験場)」**と位置づけ、来場者が未来の技術や社会システムを実際に「体験」し、そこから得られたフィードバックをもとに、さらに未来を「共創」していくことを目指しています。
例えば、会場内では次世代モビリティ(空飛ぶクルマや自動運転バスなど)が実際に運行され、来場者はそれに試乗することができます。また、AIを活用したパーソナルガイドが、個々の興味関心に合わせて最適な展示やイベントを案内してくれるかもしれません。あるいは、仮想現実(VR)ゴーグルを装着して、遠く離れた国の風景をリアルに体験したり、未来の都市空間を散策したりすることも可能になるでしょう。
こうした体験は、単なるアトラクションではありません。来場者が未来の技術やサービスに触れることで、「こんな未来は素晴らしい」「ここを改善すればもっと良くなる」といった具体的な意見や感想が生まれます。万博では、これらの「生の声」を収集・分析し、出展企業や研究機関にフィードバックすることで、技術開発や社会実装を加速させる仕組みが構想されています。つまり、来場者一人ひとりが、未来社会のデザインに参加する「共創者」となるのです。
まとめ:未来への羅針盤を手に
第2回では、大阪・関西万博の核心テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」と、それを具体化する3つのサブテーマ「Saving Lives」「Empowering Lives」「Connecting Lives」について、詳しく解説しました。これらのテーマは、現代社会が直面する課題を映し出し、私たちが目指すべき未来社会の姿を指し示す羅針盤と言えるでしょう。そして、万博会場が「People’s Living Lab」として機能することで、私たちは未来をただ待つのではなく、自ら体験し、共創していく主体となることが期待されています。
次回、第3回では、これらのテーマを具体的に体現する場となる「パビリオン」に焦点を当て、どのような驚きと発見が待っているのかをご紹介します。個性豊かなシグネチャーパビリオンや、世界各国の文化に触れられる国際パビリオンなど、見どころ満載の内容となる予定です。どうぞお楽しみに。